アスベスト(石綿)とは、天然にできる繊維状ケイ酸塩鉱物の総称で、6種類あります。蛇紋石系のクリソタイル(白石綿)と角閃石系のクロシドライト(青石綿)、アモサイト(茶石綿)、アンソフィライト、トレモライト、アクチノライトの6種類です。
石綿は9割以上が建材製品に使用されています。例えば、押出成型セメント板、住宅屋根用化粧スレート、繊維強化セメント板、窯業用サイディング、石綿セメント円筒に加工され、建築物の壁材、屋根材、外装材、内装材等に使用されています。
石綿の繊維は、肺線維症(じん肺)、悪性中皮腫の原因になるといわれ、肺がんを起こす可能性があることが知られています。 石綿による健康被害は、石綿を扱ってから長い年月を経て出てきます。例えば、中皮腫は平均35年前後という長い潜伏期間の後発病することが多いとされています。仕事を通して石綿を扱っている方、あるいは扱っていた方は、その作業方法にもよりますが、石綿を扱う機会が多いことになります。このような健康被害により、アスベストは使用禁止とされ、過去に使用された建築物の解体やリフォームなどを行う際は、事前調査や届出、労働者の安全を確保の上で行うよう複数の法令が定められています。これらの法令を守らない場合における罰則も設けられています。
労働安全衛生法等の法令の規制対象となるアスベストについては、厚生労働省労働基準局長通達において、「繊維状を呈しているアクチノライト、アモサイト、アンソフィライト、クリソタイル、クロシドライト及びトレモライト」と定義しており、アスベスト含有建材の判定はアスベスト含有量が0.1重量パーセントを超えるかを基準としています。
■アスベストに関係する法令の種類
・大気汚染防止法
・労働安全衛生法
・石綿障害予防規則
・廃棄物の処理及び清掃に関する法律
・建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律
・環境確保条例
■大気汚染防止法の法令違反による罰則
吹付け石綿及び石綿含有耐火被覆材等の作業について、行わなければならない措置及び方法に違反があった場合、直接罰則が適用されます。罰則の内容は、3月以下の懲役又は30万円以下の罰金となります。詳細は下記のとおりです。
・除去
(1)かき落とし、切断、又は破砕することなく取り外す方法
(2)除去を行う場所を他の場所から隔離して前室を設置し、除去を行う間、JIS Z 8122に定めるHEPAフィルタを付けた集じん排気装置を使用する方法
(3) (2)に準ずるものとして環境省令で定める方法(グローブバッグ等)
・当該特定建築材料からの特定粉じんの飛散を防止するための処理
囲い込み又は封じ込め(吹付け石綿の囲い込み若しくは石綿を含有する石綿含有断熱材等の囲い込み等(切断、破砕等を伴うものに限る。)を行う場合、又は吹付け石綿の封じ込めを行う場合は、作業を行う場所を他の場所から隔離し、囲い込み等を行う間、隔離した場所においてJIS Z 8122に定めるHEPAフィルタを付けた集じん排気装置を使用する方法)
また、特定工事の元請業者及び自主施工者に加え、下請負人も作業基準の遵守義務の対象になります。このため、請け負った特定工事の全部または一部を他者に請け負わせるときは、その者に対して特定粉じん排出等作業の方法等を事前に説明する必要があります。
・下請負人に適用される違反等と罰則
除去等の方法の義務違反…3月以下の懲役又は30万円以下の罰金
作業基準適合命令違反… 6月以下の懲役又は50万円以下の罰金(過失の場合は3月以下の懲役又は30万円以下の罰金)
■工事でアスベストが飛散してしまった場合に科せられる罰則
工事でアスベストを飛散させないためには、工事の計画を作成し、所定の官庁に提出する必要があります。もし、工事の作業者と工事現場の周辺で生活している住民がアスベストによる被害を受けた場合、発注者と施工業者が罰則の対象となります。
【法律上で規制される内容】
・事前調査
アスベストを含む建築物の解体作業などでアスベストが飛散する可能性がある場合は、事前にアスベストが建物に含まれているか否かを事前調査する必要があります。設計図などによる書面調査と目視調査を行います。
・発注者による使用状況通知
アスベストを含む建物の解体作業を行う場合、作業の発注者は施行者に対して建築物にアスベストが使用されているかどうかを通知する必要があります。
・作業計画・計画の届け出
アスベストが飛散する可能性がある作業を行う場合は、作業者がアスベストによる健康被害を受けることのないように事前に作業計画を立てる必要があります。
・労働基準監督署長への作業届出
耐火・準耐火建築物に使用されている吹き付けアスベストの除去作業を行う場合は、工事計画届を労働基準監督署長へ提出する必要があります。
・都道府県知事への作業実施届出
アスベストを含む建築物の解体工事で、アスベストの除去、封じ込め、囲い込みのいずれかの作業を行う場合は、特定粉じん排出等作業の届出を都道府県知事へ提出する必要があります。届出義務者は工事の発注者、または自主施行者が対象となり、届出は作業開始の14日前までに行わなければなりません。
【違反した場合罰則について】
工事計画届など、計画の届出を行わなかった場合は50万円以下の罰金が科せられます。また、特定粉じん排出等作業など、都道府県知事あての届出を行わなかった場合は3か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。
・刑事責任の対象
大気汚染防止法違反と労働安全衛生法違反
・民事責任の対象
施工業者と発注者
■アスベスト被害により賠償金を受け取れる要件
アスベスト訴訟により最高裁判所より違法決定が出されたことで、国は、一定の要件に該当する方に損害賠償金を支払うということを公言しています。
【賠償金を受け取ることが出来る3大要件】
- 昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間に、局所排気装置を設置すべき石綿工場(石綿紡織工場、石綿含有建材・製品工場など)内において、石綿粉じんにばく露する作業に従事したこと
- その結果、石綿による一定の健康被害(石綿肺、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚)を被ったこと
- 訴訟提起の時期が損害賠償請求権の期間内であること
損害賠償請求をするためには、期間内(時効消滅していない)である事が必要さです。時効期間は、消滅時効の起算点がいつになるかによって、異なります。また、起算点は、「もっとも重い症状が新たに判明した時点」となります。医師の診断書などにより判断することになります。この起算点が、2017年3月31日以前であれば、損害及び加害者を知ったときから3年、不法行為の時から20年となります。起算点が2017年4月1日以降であれば、損害及び加害者を知ったときから5年、不法行為の時から20年となります(民法724条、民法724条の2)。
【受け取れる損害賠償額について】
- じん肺管理区分の管理2で合併症が無い場合 550万円
- 管理2で合併症がある場合 700万円
- 管理3で合併症が無い場合 800万円
- 管理3で合併症がある場合 950万円
- 管理4、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚の場合 1150万円
- 石綿肺(管理2、3で合併症無し)による死亡の場合 1200万円
- 石綿肺、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚による死亡の場合 1300万円
■アスベスト被害において労災保険の給付を受けられる条件
① 石綿ばく露作業に従事している
- 特定の疾病が発生した
- 疾病の症状が労災認定の基準を満たす
【石綿ばく露作業とは】
・石綿鉱山またはその附属施設において行う石綿を含有する鉱石または岩石
の採掘、搬出または粉砕その他石綿の精製に関連する作業
・倉庫内などにおける石綿原料などの袋詰めまたは運搬作業
・石綿製品の製造工程における作業
・石綿の吹付け作業
・耐熱性の石綿製品を用いて行う断熱もしくは保温のための被覆またはその補
修作業
・石綿製品の切断などの加工作業
・石綿製品が被覆材または建材として用いられている建物、その附属施設など
の補修または解体作業
・石綿製品が用いられている船舶または車両の補修または解体作業
・石綿を不純物として含有する鉱物(タルク(滑石)など)などの取り扱い作業
これらのほか、上記作業と同程度以上に石綿粉じんのばく露を受ける作業や上記作業の周辺などにおいて、間接的なばく露を受ける作業も該当します。
【アスベスト関連で労災認定の基準が設けられている傷病】
- 石綿肺
・じん肺管理区分における管理4の石綿肺が認められる
・管理2,3,4の石綿肺に肺結核、結核性肺膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支炎拡張症、続発性気胸の疾病が合併している
- 中皮種
胸膜、腹膜、心膜または精巣鞘膜の中皮腫であり、胸部エックス線写真で第1型以上の石綿所見がある、もしくは石綿ばく露作業従事期間が1年以上である
- 肺がん
以下のどれかの要件に該当する必要があります。
・石綿肺の所見がある
・胸膜プラーク所見がある+石綿ばく露作業従事期間10年以上
・広範囲に胸膜プラークの所見がみられる+石綿ばく露作業従事期間1年以上
・石綿小体または石綿繊維の所見がある+石綿ばく露作業従事期間1年以上
・びまん性胸膜肥厚と併発
・特定の3作業(「石綿紡績製品製造作業」「石綿セメント製品製造作業」「石綿吹付作業」)+石綿ばく露作業従事期間5年以上
- 良性石綿胸水
胸水には石綿以外にも様々な原因が考えられるため、石綿以外の胸水の原因を全て除外することが必要ですが、このような診断を行うことは非常に困難であるため、労働基準監督署長が厚生労働本省と協議の上、労災認定を行うべきかどうかの判断を行います。
⑤ びまん性胸膜肥厚
以下の要件全てに当てはまる必要があります。
・石綿ばく露作業に3年以上従事
・著しい呼吸機能障害がある
・胸部CTの画像に一定上の肥厚の広がりが認められる
・片方のみに肥厚がある場合は、側胸壁の2分の1以上
・両側に肥厚がある場合は、側胸壁の4分の1以上
【労災保険による給付内容】
- 療養補償給付
業務災害による怪我や病気の療養のために要する費用
- 休業補償給付
業務災害による怪我や病気の療養で仕事ができず、賃金を得られないときの給付
- 障害補償給付
業務災害による怪我や病気が完治せず障害が残ったときの給付で、障害の程度に応じて一時金や年金形式で支給される
- 遺族補償給付
業務災害による死亡で、遺族が受け取ることができる一時金や年金
- 葬祭料
業務災害による死亡で行った葬祭に要した費用
- 傷病補償年金
業務災害による怪我や病気の療養が1年6ヶ月経過しても完治せず、怪我や病気の内容が傷病等級に該当するときの給付
- 介護補償給付
障害年金や傷病年金の受給者で、重い障害のため現に介護を受けている人に対する給付
■過去におけるアスベストに関係する裁判例
①某A事件
被害者は、1960年代から80年代にかけて約18年間、製鉄所などの灼熱炉のメンテナンスや解体・修理作業を行う作業に従事し、2012年にびまん性胸膜肥厚を発症、2013年に労災認定を受けました。寝たきりの被害者本人に代わり家族が法律相談に来られた後まもなく、弁護士が自宅で本人と面談する予定だった矢先の2015年9月、容体が急変して亡くなりました。そのため、本人の遺志を継ぎ、遺族が元勤務先の会社に損害賠償を請求しました。会社にも弁護士が就き、代理人同士の交渉となりました。会社側は古い従業員名簿が残っておらず被害者が在籍したかどうか不明だと主張しましたが、被害者側は社会保険記録(年金記録)や労基署が作成した生前の本人からの「聴取書」(アスベスト取扱い作業の状況等が記載されています)を根拠に会社の責任を主張。個人情報開示請求によって労働局から労災認定時の資料を全て取り寄せた後、概ね4か月という短期間で示談交渉が成立し、裁判で認められ得る金額に準じた解決金(慰謝料)の支払いを受けることができました。
②某Sホテル事件
本件の原告は、昭和39年からホテルでボイラー担当の設備係として就労していた労働者の遺族です。労働者は、平成13年になって体調が悪化して入院し、同年中にホテルでの就労により悪性胸膜中皮腫に罹患したことを理由として労災認定を受けました。その後の平成14年に労働者が死亡したため、労働者の遺族がホテルの運営会社に対して損害賠償請求を行いました。原審の札幌地裁は、「規制権限を有する国が何らの対策も講じていない中、民間企業が国の対策をも上回る対策を先んじてとらなければならない根拠はない」として、被告会社の責任を否定しました。これに対して札幌高裁は、すでに労働安全衛生法などによって規制がなされ、その対象に被告会社も含まれていたことを指摘しました。そのうえで、被告会社の安全配慮義務違反を認定し、原告に対して約3300万円の損害賠償を命じました。